アンサンブルコパン 演奏会終了 @Kobe-Higashinada

田畑裕哉 on 2011/12/05. Tags:

ここに書くのはずいぶん久しぶりになります。
いろいろ忙しかったので…。

今日は、アンサンブルコパン第24回定期演奏会が無事終了しました。

私はアンサンブルコパンに「実家のこたつにもぐりこむような」感覚で
参加していると、昨年の演奏会パンフレットに書きました。
今年、後輩は、パンフレットの同じところに
アンサンブルコパンは、自分にとって「音楽の家」と評しました。
この感想は本歌取りとでも言えるでしょうか、
やはり、僕以外の団員にとっても、
それぞれにとって居心地のいい場所だと思っているのだと、
その共通認識を感じ、うれしく思いました。

今回はソロを担当した以外のすべての曲で、コンサートマスターを務めました。
支えてくださった皆さんに心から感謝しています。
あまりそう見られていませんが、
私はこれでも責任感の強いほうなので、緊張もしましたし、
演奏全体について、ボーイングについてなど、ま、いろいろ考えました。

高校や大学のときのようにグイグイ系のコンマスはもうできないので、
ゆる~い感じでやってきました。
おそらく、このゆる~い感じにイライラされている方もいるとは思うのですが、
このゆるフニャコンマスが、
コパンにとって最善の方法だと思えると同時に、性格上、ま、仕方が無い面もあります。

このあたり、私には「流儀」と言えば大げさですが、それに似たものがあります。
NHKプロフェッショナル・仕事の流儀に出演したとしたら、
黒地に白文字で示される部分ですが、
「糸は引っ張らなければ、切れない。」です。

グイグイ系でコンマスが引っ張っても、それに対して
技術的に、感覚的に、精神的に、性格的についていけない場合、
一般奏者とコンマスの関係は切れます。
逆に、無理に引っ張らなければ、関係は切れないと思うのです。
引っ張らなければ、迷う人が出てきます。
でも、迷うから、こうしたらいいかな?とか、こっちのほうがいいんじゃね?
という考えが各奏者に湧き起こります。
その奏者の意見や状態、実現可能性を把握し、傾聴の姿勢で、
ある程度意見集約すれば、よい演奏ができると考えているのです。

むやみやたらと引っ張らず、
フニャフニャしながら、楽しみながら、
指揮者を信頼し、演奏者を信頼し、そして
誰よりも馬鹿みたいに本番は必ず成功すると信じること。

グイグイでいっぱいっぱいよりも、フニャフニャでワクワクしている人の方が、
一緒に居たいと思うので、
そういう人になれればよいなぁと思ったりもします。
…とはいえ、今日は、自分の演奏でいっぱいいっぱいでしたけどね。

以上、自分のコンマススタイルの言い訳と強い自己肯定の結果ですが、
これに賛同してくれる人もいるのではないかと、ちょっとばかし自負しています。
また自己肯定。


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