180円のコンサート @Kobe-Chuo

田畑裕哉 on 2005/03/15

少しまじめなお話をします。

サンマルクカフェ神戸阪急三宮店にはピアノが置いてあります。

コーヒーを頼んで店内に入ると、
たまたま、ピアノの生演奏の時間でした。

たぶん他の客は聴き流していて、
熱心に聴いているのは私だけだったでしょう。


けれども、こういうのはいいものだと思います。

ピアノを聴かせることが目的ではないので、
コンサートとは性格が違い、
比較することが正しいと言えないかもしれません。
しかし、クラシックのコンサートなどは値段も高く、
一般の人たちにはとっつきにくく、魅力がない
もっと親しみやすく、
それでいて本物の演奏を、
幅広い人たちに聞いてもらいたい
と、常々、私は考えています。

おそらく、私が考えていることの答えのひとつは、
こういうカフェでの演奏ということになるのでしょう。

昔は、カフェやレストランでBGMを演奏する人を、
実はバカにしていました。
しかし、今はむしろ
そのようなことが出来る人たちに憧れたりします。

なぜなら、聴衆に近いからです。

聴衆がいる場所に近いというだけでなく
聴衆の気持ちに近いということです。

たまに、聴衆から一曲のリクエストなんかがあってもいいでしょう。

聴衆の気持ちに近い演奏ができてこそ、
一人前の演奏者になるのでしょう。
しかし、それは聴衆の気持ちに迎合するという意味ではありません。
演奏者の演奏に対する考え方、楽曲に対する考え方も、
もちろん確立されているべきではあります。

演奏者が聴いてほしいと思う ←→ 聴衆が聴きたいと思う

いわば、需要供給関係が成立してこそ、
いいコンサートと言えるような気がします。

独り善がりで、自分の世界に没入しすぎるソリストや、
迷惑を省みず、やかましく演奏する下手なストリートミュージシャンなど、
供給ばかりのものは、私は聴きたくありません。

カフェでは、私のように熱心に聴きたがる人もいれば、
そこまで聴きたいと思わない人もいます。
だから、こういうときには、控えめな演奏で、
周囲の環境を、何となく、
「あ、いいな。」と思わせてくれること、
これが、良い演奏だと思います。

言い換えると、空気を読む演奏ということになるでしょう。

さまざまなところで、似た意見を表明していますが、
自分意識が強すぎて、その場の雰囲気を壊してしまう人には、
強い嫌悪感を感じます。

自分の空気を作り出すことも必要ですが、
作り出すべきでない場もあります。
場の雰囲気に合わせて、自分の意見を調節すること、
つまりは、
場の雰囲気に合わせて、自分の演奏表現を調節することが、
大切だと思います。

しばらくして、ピアノの時間が終わってしまいました。
いずれにせよ、私は180円のコーヒーで、
とても満足して帰ったのでした。


2 thoughts on “180円のコンサート @Kobe-Chuo

  1. ふっこ より:

    SECRET: 0
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    ふっこは、映画の音楽がとっても好きです☆
    そして、ストーリーにぴったりな音楽を流している映画が、もっともっとスキです♪

  2. いけもっ より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    その「ぴったり」という感覚を大切にしたいですね♪
    その場の雰囲気に合うということは難しいですが、とても大切なことだと思っております。

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