他人のボーイングは自分にとって正解ではない?

ボーイングには、指導書や理論書の数だけ見解があります。
つまり、念頭に置いておくべきは、ボーイングは人それぞれであるということと、
プロの演奏家のボーイングをそのまま真似しようと思ってはいけないということです。

プロのオーケストラをみると、
奏者一人一人のボーイングが非常に違っていることに気がつきます。
小さい頃からヴァイオリンの練習を積んできた人は、
長い間に体の使い方を覚えていて、
経験者は知らず知らずのうちに各々に合ったボーイングを可能にしています。
アマチュア、特に身体的成長を終えてからヴァイオリンを始めた人が、
特定の奏者のボーイングを自分の身体へのフィット感を気にすることなく、
機械的に真似することは危険です。

指導者の立場からすれば、
指導者である自分のボーイングだけを「正解」として
身体的成長が終わった生徒に強制してはならないということです。
体つきや運動の仕方が異なる人、
これまで自分と全く異なる筋肉のつき方/衰え方をしてきた人に
自分の体の動きを真似して覚えさせようとする教え方は、
幼児に教える場合などと違って、多くの場合不適切であると考えられます。

平均した音を出すには
弓の根元では人差指をゆるめにして中指でしっかり持ち、小指は丸く

篠崎弘嗣『篠崎バイオリン教本1』全音楽譜出版社 より

というような、市販の教則本によく見られる記述でも、
この考え方が当てはまるボーイングスタイルをしている経験者は確かに多いのですが、
当然、当てはまらない人もいます。
ボーイングに関しても、初心者は、
さまざまな指導・忠言が、必ず自分にも当てはまると思いこんでしまわないことが大切です。

音が汚いとき、ちゃんと音が鳴らないとき

きれいな音が出ないとき、
つまり、弦を鳴らすことができていないときの原因は、つぎの2つに大別されます。

音がゴリゴリしている場合には右手・右腕に力が入りすぎていて、
音がヒュルヒュルしている場合には弓がスリップしているということです。

■ゴリゴリの解消法

力が入りすぎているので、
無理にでももっと長く弓(全弓)を使うようにします。
そうすることで、弓と弦との接点のある一点あたりにかかる力を
相対的に減らすことができます。
そして、速く弓を動かします。
力を入れて速く動かすのは難しいので、力が抜けてきます。
というか、力を抜かざるを得ない状況をつくります。
この状況に慣れることによって、ゴリゴリを解消できるはずです。

■ヒュルヒュルの解消法

弓のスリップを解消しなければなりません。
弓と弦との交点での交わる角度が垂直でない場合に、
スリップが起こりやすくなります。
このとき、ダウンボウでもアップボウでも、
左手人差し指にもう少し体重を乗せる必要があります。
ダウンボウのときに特に、小指に体重を載せて…という教えがありますが、
人差し指の体重をゼロにして良いわけではありません。
せいぜい、ダウンボウでも人差し指:小指=50:50くらいだと考えています。

フォルテとピアノの差が出ないとき

ヴァイオリンの音量の差は、
単純に弓に体重がかかっているかどうか、ということで表現することもありますが、
弓の毛の量に比例するということを
体に意識付けさせるのがよいと思います。

フォルテでは、弦に触れる弓の毛の量を増やし、
ピアノでは、弦に触れる弓の毛の量を減らします。

さて、弓の毛の量の増やし方は、というと、
 ●弓の長さを増やす
 ●弓の毛が弦に触れる面を増やす
この二つの方法が考えられます。

≪弓の長さを増やす方法≫
単位時間当たりの弓の長さを増やすわけなので、
自ずと速く弓を動かす必要があります。
なので、比較的はっきりしたパッセージや、
勢いが必要なところで乾いた明るいフォルテに適しています。

≪弓の毛が弦に触れる面を増やす方法≫
弓は通常、木の部分を少し向こう側に倒して、
毛が少し見える状態で弾きますが、
それを、ほとんど全ての毛が弦に吸い付いているように弾きます。
これをベタ弓と言います。
この場合は比較的ゆっくりな幅広いフォルテや、
だんだんクレッシェンドして向かう場合のフォルテにおすすめです。

右手・弓の大切さ

ヴァイオリン界の大教育者、レオポルト・アウアーは、

若い生徒は速いテンポでパッセージを演奏したい衝動に駆られ、ただ指の速い動きを楽しむことだけに酔いしれて、有頂天になりがちである。

と著書で述べています。
これは、初心者への指導で観察できる傾向と同じです。
自分の過去の反省を含め、ですが。

また、8巻組である彼の教則本のうち、第1巻では、
左手の操作を一切使うことなく、右手だけで、
つまりボーイングだけを徹底的に練習させているほど、
右手のトレーニングを重要視しています。
その弟子であったギブンもまた、

困難なことは、長い弓の操作において完全なる釣合と平衡を得ることです。毎日私は常に半時間は長い弓について練習し、演奏会を開く前の1カ月間は、必ず毎日1時間は長い弓に時間をかけます。

…と述べています。

このように、大ヴァイオリニストたちはボーイング、
つまり右手、弓の扱いについて、非常に注意深く練習しているのです。
確かに、初心者にとって、私にとっても、
左手で音程の変化をつけず、右手で弓を滑らしているというのはつまらないことです。
しかしながら、 サルヴァトーレ・アッカルド

右手には『声』がある。あらゆる音色、クレッシェンド、ディミヌエンド、厚い音、軽い音は弓から生まれる。

…と述べたように、
真に表情豊かな音楽をつくるためには、右手の自在な動きが必要なのです。

言うまでもなく、そのボーイング練習が、
実のある正しいものである必要がありますが、
忙しい大人にとっては、
少なくとも毎日ストレッチ(仮想でボーイングをしてみる)をするだけでも
プラスになることでしょう。

弾きやすさの前にどう弾くべきか考える

あるフレーズを演奏しようとするとき、
ヴァイオリンの場合は必ず、ボーイングの問題に直面します。
腕の重みが載りやすいのは弓元(厳密には弓元から少しだけ弓先方向)で、
反対に、載りにくいのが弓先です。
したがって、音に圧力を加えるときには弓元で、
音の圧力を減らしたり、小さな音量にするときには弓先が良い、ということになります。

基本的に私は、ダウンボウとアップボウとの
運用の結果としての音に差が生まれないことを是としているので、
余計に弓の動かしやすさに無頓着ではあるのですが、
少なくとも、8分音符4つずつスラーに!などという、
単純に弓の配分だけを考えた(本当の意味では考えられていないのですが)
そんなくだらない、何の考えも無いボーイングに甘んじてはいけません。
一連の弓の動かしやすさ、ではなく、
フレーズ(音程の変化や抑揚)に対して弓の運用や位置を
どのように対応させるのが最も妥当性が高いか、
という観点でボーイングを決めるべきです。
ときには8分音符が8つ並んだ配列を 1 : 7 に分けるスラーが必要かもしれません。
そして、そのときに7音に一つのスラーをかけられないからと言って、
1 : 4 : 3 などに再分割するのは、自分の技術の無さを恥じるべきでしょう。
また、どうしても再分割や弓の無理が生じる場合にも、
少なくとも、どの妥協案がフレーズ崩壊へのダメージが最も少ないか、
しっかりと考慮すべきです。

フレーズを活かすも殺すも、ボーイング次第、と言ったところでしょうか。

弓の「初速度」が大切

あるチェロ奏者の方と意見交換する機会がありました。そこで激しく共感しあっていたのが、
弓の「初速度」についてでした。
常々、大切にしなければならないのは、音の速さだと考えています。
ある意味では瞬間的な音の圧とも言えるとは思いますが、弓の圧力とは全く異なります。
あくまでも音そのものが持つ圧力で、
その調整のためには、速さの加減が必要だと思っています。

「速さの加減」と書きましたが、
ヴァイオリンを演奏する場合、すなわち弓の速さの加減です。
ただ、多くの場合、あまり「加」や「減」が問題なのではなく、
音の鳴り始めで、単純にスピードが足りない場合が多いようです。
これまで指導した感覚的には、
弓を進め始めてしばらくしてからの速度は出しやすいのですが、
瞬間的な初速度を苦手にしている、
というか、
初速度が無くてもそこが課題だと感じていない人が多いようです。
はっきりとした音にしたい場合、弓に圧力を加えがちですが、
弓を抑え込むと、単純に音が汚くなってしまうということもありますし、
弓と弦の弾力が強くなるので、音は大きくなる一方で意外とソフトな音になってしまいます。
演奏者がウンッと気合いを入れて圧力を加えているのとは裏腹に、
実はソフトに聴こえてしまっています。
これは、一つの素人臭さだと思います。

いつか書いたことがありますが、単位時間当たりの弓の毛の接地量を増加させると、
音の圧力につながります。
弓に圧力を加えるだけでは、弓の毛がベチャっとなって、接地量が少し増えるだけなので、
ここに、瞬間的な初速度を加えて初めて、音がはっきりするのです。
音をはっきりさせたいけどp(ピアノ)って、どういうこと??
と戸惑う場合がありますが、まさにこういう場合に、
弓の持ち方、弦への接し方はpの形で、瞬間的な初速度を与えてやればよいのです。
そうすれば、細かい音、弱い音だって、ハキハキ、生き生きした音になります。
ヴィヴァルディなどの音をパタパタと明瞭に変えていかなければいけないような
バロックを演奏する場合、とってもとっても重要な要素ですね。